*小澤陽子の手記(1986年に書かれたもの)より、バラタナティヤムについて書かれたものを紹介します。

「想い描いていたインド舞踊とずい分違うのですね。」

この一年、よく聞かされた言葉である。昨秋、西インドのアメダバード市から帰国。招かれたところには、どこへでも踊りに行った。恵まれた場所で踊ることなど稀である。ホール、お寺、民家、レストラン、庭、屋外の舞台、又、田舎の小学校の体育館では、ゴザの上に座ったおじいさん、おばあさんの前で。

その殆んどの人が、インド舞踊を観るのは初めてだと言う。“インドの踊り” “インド人の踊り” 皆、様々なイメージを描いてたのだと思う。

インド舞踊全体について語るのはむずかしい。一般にインド舞踊が紹介される時、古典舞踊と民俗舞踊に分けられる。古典舞踊には南インドの代表的な踊りであるバラタナティヤム。お面のように化粧をし、ドラマ性のあるケララ州のカタカリ。タブラ等に合わせて素早いステップに特徴のある北インドのカタック。人形のようなやさしい動きとタイコをたたきながら回転していく力強い踊りを合わせ持つ東北部マニプール州のマニプリ。<中略>他方、ヤクシャガーナ、チョウなどに代表される民俗舞踊は数限りない。

それら個々のスタイル、音楽(使われいる言語、楽器も含めて)、衣装、化粧、装身具等の多彩さは、とうてい、ひとつの国の舞踊とは思えない程である。

それ故か、もしくは、それにもかかわらず、これらインド舞踊の共通性を問うならば、それは、その宗教性に他ならないと思う。

私の学んだバラタナティヤムの場合、神に対する祈りや愛を表現することは不可欠であった。これは何もヒンズー教の信者か否か云々と言う次元の問題ではないと思う。昔、バラタナティヤムのダンサーはデヴァダシーと呼ばれ、ちょうど日本の巫女のような存在だったらしい。それが二十世紀半ば近くより、徐々に整理、改革され、現在のように、寺院から独立し、主に舞台で踊られるようになったということである。先に挙げた他の古典舞踊も、同様に、舞台舞踊・芸術舞踊として、近年、発展してきたらしい。だからといって、現在のインド舞踊が、神から離れた人間の哲学や美のみを追求しているようには思えない。やはり、その底に流れているのは、宇宙のエネルギーに他ならない。

次に個々の踊りについては外側からはわかりにくいので私の習ったバラタナティヤム(パンダナロウスタイル*)のみ簡単に触れてみたい。

バラタナティヤムのバはバーヴァの意で表情、ラはラーガ、メロディーの型を、タはターラの意でリズムを表わすという。

音楽は南インドのカルナタカミュージック**。ふつう、ヴォーカル、ムリダンガム、ヴァイオリン、フルートで構成され、その歌はすべて、神への完全な祈りによって、新たに生命を得るというテーマにつらぬかれている。

舞台ではソロダンスが主であるが、時々、ダンスカンパニーとしてクルヴァンジー***と呼ばれるダンスドラマを催すこともある。

バラタナティヤムは、ヌリッタとアビナヤから出来ている。一般に、ヌリッタは意味をもたない舞踊、アビナヤは手や顔による表情舞踊を指す。

まず最初に生徒はアダヴと呼ばれるステップのパターンを習得にかなりの時間をかける。この基礎訓練を通して、アラマンディーと呼ばれる、腰を深くおとし、足を180°に開くバラタナティヤムの型を身につける。その後、初めてアラリプというあいさつの踊りを習う。首、目、手、全身へとちょうどダンサーの身体が花開く様を表わす。二番目はヌリッタだけのジャテイスワラム。三番目はシャブダム。初めて意味のある歌が出てくると同時に、アビナヤ中心となる。四番目は、最も重要なワラナム。ヌリッタとアビナヤの混合したもので、短くて12分位、長いと30分以上の踊りである。次は純粋にアビナヤだけのパダム。最後がティラナ。喜びの意で、ヌリッタ中心である。以上を完全に習得すると、アランゲットラムと呼ばれる初舞台をふむ。

その後は、より高度なこれらのヴァリエーションを習得し、ヌリッタ、アビナヤを深めていく。

私の学校の創設者****は、目の動きひとつで、神への愛と人間への愛を使い分ける。

インド滞在中、ソロリサイタルの他、ダンスカンパニーの一員として地方公演の舞台に立った。衣装をつけ、化粧をすれば、もう日本人もインド人も関係なく一人のダンサーとして神に向かう。そういう厳しさと喜びを教えられた。

ナマスカーラ

*パンダナルール・スタイル(Pandanallur Bani): バラタナティヤムの主要スタイル(bani)のひとつ。

**カルナータカ音楽。南インドの古典音楽。

***Kuravanji: タミルナドゥに見られる舞踊劇。

***Darpana Academy of Performing Artsの創始者ムリナリニ・サラバイ先生(Guru Mrinalini Sarabhai)のこと。